
――藤井選手と練習するようになったのは、いつ頃のことですか?
「きっかけは、アベさん(阿部裕幸。藤井が所属するAACCの代表)と知り合ったことだね。アベさんと最初に会ったのは、99年のアブダビ・コンバットの時だよ。その後、宇野薫がUFCに参戦するようになって、アベさんも一緒に練習するようになったんだ。ボクのホームタウン、シアトルでね。それからしばらくして、ボクは新日本プロレスに出場したり、ボブ・サップのトレーナーを務めたりで、日本に滞在することが多くなった。それで、当時アベさんがやっていた『チェンバース』というジムで練習させてもらうことになったんだ。そこにメグミや、しなしさとこもいたんだよ」
――藤井選手の強さ、凄さは、僕らも試合で目の当たりにしてるんですが、練習中はどんな感じなんですか? やっぱり特別なものがありますか。
「最初に練習した時から、メグミがスペシャルな選手だってことが分かったよ。なんて言ったらいいか、とにかくどこにもいないような選手だったね。特に教える立場から見ると、彼女の凄さが分かるんだ」
――というと?
「普通、コーチは選手それぞれのスタイルに合わせた指導をするんだよ。長所を伸ばすようなね。でも、彼女に関してはその必要がまったくなかった。むしろ教える側、つまりボクのスタイルに合わせて、長所をどんどん吸収していくんだ」
――ジョシュさんの長所というと、関節技ですか。
「そう。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンのスタイルをね。たとえばレッグロックやネックロックだよ。メグミは、そういう技で相手をどう攻撃していくか、すぐに学んでしまうんだ。ほんの短い時間、技を教えただけでも、次に会った時にはもう自分のものにしているんだから凄いよ。きっと何度も繰り返し練習したんだろうね。メグミは、トゥホールドをよく使うよね?」
――アンクルホールドですね。足関節は藤井選手の得意技ですよね。
「あのトゥホールドは、実はボクが最初に練習した時に教えた技なんだよ」
ジョシュの“フジメグ礼賛”はなおも続く。それは一緒に練習しているから、仲間だから応援したい、というレベルにはとどまらなかった。もちろんそれも大きな理由なのだろうが、格闘家である以前に大の格闘技・プロレスファンであるジョシュの目から見ても、藤井惠という選手は「ナンバー1のファイター」だというのだ。
――藤井選手のファイターとしての魅力を一言でいうと、どうなりますか?
「とても一言じゃ言えないよ(笑)。まず、闘い方がとてもエキサイティングだよね。どんな試合でも、必ず一本を取りにいく。そして実際に極めてみせるんだ。そういうことができる選手は、男子でもなかなかいないだろうね」
――それこそジョシュ・バーネットくらいというか(笑)。
「ハハハハ! ソウネ」
――そういうアグレッシブなスタイルで、なおかつまだ無敗だっていうのも素晴らしいですよね。
「そうなんだ。彼女はサンボ、グラップリングでも日本のトップとして活躍し、総合でも勝ち続けている。それにルールの違いやリング、金網といった、シチュエーションの違いをまったく苦にしないよね。これは本当に素晴らしいことだと思う」
――ではパウンド・フォー・パウンド、つまり体重差を考慮せず、男女の別もなかったとして、藤井選手はどのくらいのランクにあると思いますか?
「たぶんナンバー1だと思うよ。だって男子の選手で、彼女ほど幅広く、かつ高いレベルで活躍してる選手なんて他にいないじゃないか。それくらい凄い選手、男子と比べても世界ナンバー1のファイターが自分の国にいるっていうことを、日本の格闘技ファンはもっと知ってほしいし、誇りに思ってほしいな」
【Part.2 「“闘う理由”を問う時代は終わった。 女子格闘家はアスリートとして語られるべきだよ」に続く!>>】
■ジョシュ・バーネット/Josh Barnett
1977年11月10日、アメリカ出身。1997年に19歳でプロデビューを果たすと、2002年には史上最年少で第7代UFC世界ヘビー級王座を獲得(その後、剥奪)。2003年には、第10代無差別級キング・オブ・パンクラスとなり、2004年からPRIDEに参戦。PRIDE無差別級GP2006では準優勝となった。2008年からは戦極に参戦。3.5旗揚げ戦では吉田秀彦に一本勝ち、5.18戦極第二陣ではジェフ・モンソンに判定勝ちを収めている。女子格闘技への理解も深く、スマックガールなどを様々な面でサポート。WROLD ReMix TOURNAMENT 2008 無差別級には愛弟子ジュネル・マルケスを送り込み、マルケスは決勝進出を決めている。
