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樋口郁夫のレスリングNOW 第二回総合格闘技の発生につながったレスリングのプロアマ・オープン化

  7月4日、アマチュアスポーツの基地ともいうべき東京・ナショナルトレーニングセンター(NTC)に吉田秀彦、滝本誠、五味隆典らプロ格闘家が訪れた。北京五輪を目指して合宿している男子の全日本レスリング・チームと合同練習するためだ。


▲北京五輪を目指して合宿中の全日本レスリングチームと合同合宿を行なった吉田秀彦、五味隆典、瀧本誠、北岡悟らプロ格闘家の面々

 「合同練習」だが、五輪を直前にしているレスリング選手が打撃や関節技に挑むはずはなく、実質は総合格闘家のレスリング特訓。吉田秀彦がグレコローマン重量級のエースの松本慎吾にローリングや俵返しに挑むなど、終始レスリングの練習が行われた。総合の練習の一環としてレスリングの練習はやっているだろうが、ここまでトップレベルの選手と長い時間(約2時間)練習するのは初めてとあって、息はあがりっぱなし。
  五味は国士大レスリング部の練習に頻繁に加わっており、レスリングの練習は"日課"の一部。しかし学生選手と全日本のトップ選手とでは実力が違い、「いつもと2味も違います」と、やはり初体験の厳しさだったようだ。 アマがプロに胸を貸しただけではない。吉田秀彦、滝本誠といったオリンピックの金メダリストから大舞台に臨む心構えなどを聞くことができ、アマ側にも収穫はあった。単なる話題づくりではなく、お互いにメリットのある合同練習だったといえる。
 プロアマが厳しく線引きされている柔道やボクシングと違い、レスリングはプロアマの規制は一切ない。プロアマ規定があった時代(1986年に一部オープン化、92年に完全オープン化)でも、プロがアマの練習に参加することは何の問題もなかった。柔道のウィリアム・ルスカ(オランダ)がアントニオ猪木との一戦を前に日大レスリング部で公開練習したのは有名な話。
 プロボクシングの世界ヘビー級王者だったムハマド・アリ(当時は王者ではなかった)が1972年に来日した際、全日本レスリング・チームの練習に姿を見せたこともある。どういった経緯でレスリング・チームの練習に足を運んだかは分からないが、プロレス・ファンとしても有名だったアリのことだけに、組み技格闘技に興味があったのかもしれない。この時はメキシコ五輪銀メダリストの藤本英男(現日体大部長)とスパーリング(じゃれあい?)し、抱え上げられて「レスラーは強いよ!」との社交辞令を残している。
 この時に知り合った日本レスリング協会の八田一朗会長に数年後に米国で再会。「日本人格闘家の挑戦を受ける」と話したことがきっかけとなって、猪木−アリ戦が実現した。いわば、レスリングのプロアマ・オープンがあればこそ、猪木−ルスカ、猪木−アリといった異種格闘技戦が実現した。それらの試合が総合格闘技の誕生につながったことは説明を要しない。
 さて、レスリングと総合格闘技のリンクは、どんな歴史をもたらすのだろうか。伝統と権威はあるが人気が出ないレスリングと、人気はあるがスポーツとしての市民権を得ているとは言い難い総合とのタッグは、新たな歴史の1ページをつくるような気がする。

■ひぐち いくお
1959年5月、新潟県生まれ。青山学院大時代にレスリングを経験。84年に共同通信社に入社し、運動記者としてプロ野球、大相撲などの取材を経験。90年に独立し、日本レスリング協会機関誌編集に携わる。98年から内外タイム記者としてプロレス、プロ格闘技を取材し、04年10月から再びフリーへ。現在に至る。